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2010.07.13

[演劇]男ワタナベ/사나이 와타나베

 映画監督が演劇の演出に挑戦する「監督、舞台に来る(감독 무대로 오다)」シリーズの第3作は、『ライターをつけろ(라이터를 켜라)』のチャン・ハンジュン監督作品。初演で評判がよく、アンコール公演(シーズン2)に突入しました。演出がチャン・ハンジュンからソン・スンジンに変わってます。

 「ワタナベ」は北野武がモデルという話もあり、どんな芝居か興味津々で、金浦空港からまっすぐ劇場へ向かいました。行ってよかったです。一風変わった良い芝居。映画監督ならではの部分もあり。

 100分と短めの芝居ですが、舞台が進むにつれ芝居の印象が大きく変わりました。そのため、レビューもだらだらです。ある種のネタバレでもあります。
 ご用とお急ぎのない方、どうぞお付き合い下さいませ。


『男ワタナベ …完全にスネる』(사나이 와타나베 …완전히 삐지다)
7月1日(木)20時
ペガムアートホール(백암아트홀)
総監督・脚本:チャン・ハンジュン(장항준)
演出:ソン・スンジン(송승진)
原案:キム・ジョンデ(김종대)
出演:チョン・ウンピョ(정은표)、イ・ジュニョク(이준혁)、チェ・フィリップ(최필립)

 まずはパンフレットに載る「シノプシス」を。

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 映画監督マンチュンは、評壇の無関心と全国有料観客2万5000人という凄惨な成績表で、すべての人の記憶から消されてしまった悲運の映画監督だ。
 「映画は第7の芸術だ」というモットーで生きてきたマンチュンに、残されたものはカード信用不良者という烙印だけだが、今も世間の何よりも貴重な映画に対する情熱が燃えている。
 そんな彼に、ある日、大学の先輩が訪ねて来て、「成功した在日韓国人の一代記」を映画化することを提案する。
 自分の映画に対する情熱と現実の間で苦悩する彼は、結局1億ウォンの金と、内5000万ウォンを前払いで払ってくれるという言葉に承諾し、日本の下関へ向かうことになる。
 マンチュンが玄界灘を渡って到着したところは、日本のサムライ映画に出てくるような日本式の邸宅。彼はそこで成功した在日韓国人企業家ワタナベ会長に会うが、初対面で彼が単純な企業人でなく、ヤクザの親分だということを知り、映画化の話を白紙に戻そうと努力するが、容易でない。
 馴染みのない港町で、はまってしまって出口は見つけられない。
 結局、マンチュンはこれらすべてを運命と受け入れ、ワタナベの自伝映画を作ることを決心するが……。
 すぐスネる韓国系のヤクザの親分ワタナベと、小心な三流映画監督マンチュンの映画づくり!

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 ワタナベ(チョン・ウンピョ)、マンチュン(チェ・フィリップ)、その他すべての登場人物を演じるマルチ(イ・ジュニョク)の三人芝居です。

 最初の場面は、舞台上手にマンチュンの散らかった狭い部屋。この部屋でマンチュンの現状を表してるところがうまいです。壁に貼られた古い映画のポスターも魅力的。小津の『早春』がありました。
 マンチュンが先輩の持ってきた「在日韓国人の一代記」の映画製作の仕事を結局引き受けるのは、母からの電話で、父が交通事故を起こして先方に補償金を支払わなければならないと泣きつかれたことが決定的要因となります。これがちゃんと伏線になってます。

 次の場面は、ワタナベの自宅。日本刀や盆栽が置かれている胡散臭い日本風。登場するワタナベは、豪胆なようで小心、大物のようで幼稚な、ヤマグチ組系のヤクザの親分。マンチュンは仕事を断り切れず、ヘンな執事の世話になりつつ、ワタナベの愛人に迫られつつ、ワタナベの話から取材して脚本を書き始めます。このあたりワタナベと「日本」の戯画化された演出が続いて、笑えるのですが、正直「バカバカしいもの見に来ちゃったな~」と思ってたりして。

 先輩、執事、愛人をマルチが演じてます。この場面の執事と愛人は完全にコメディ。下関の男たちが奪い合ったという(その割に全然美しくない)愛人が「朝子」という名前なのが、また笑えます。韓国人なら誰でも知ってる有名な随筆『因縁(인연)』から取ってるのですね。

 取材の過程で、「在日韓国人」ワタナベの人生が語られます。父親は「悪い人」で、いつも殴られていた。一晩中自分たちを殴った後、泣いていた。多分、拳が痛かったのだろう。毎日酒浸りで、ついに自分はその酒に毒を入れた。高校生のある日、車に乗ったヤクザの親分に声をかけられ、そのまま車に乗ってヤクザになった。以来、母は二度と自分に会ってくれず、送ったお金も突き返されている。母のために金を稼ごうとヤクザの道に入ったのに。人間は海から来て、海へ帰る。人生は、故郷の海から離れて陸地で暮らしているから孤独で寂しいのだ……。
 ワタナベの口から語られると、どうも眉唾で、どこまでホントなのやら、胡散臭い。

 ワタナベはマンチュンの書き上げた脚本を修正して、主人公を超人的なスーパーヒーローに描き、主演俳優を次々とクビにして「キムラタクヤ」を希望、ついには自分で演じると言い出す始末。このあたり、予想通りの展開ながら楽しく笑える芝居です。

 とうとうマンチュンは勇気を奮ってこの仕事はできないと断り、荷物をまとめて韓国へ帰ることに。その日、クビにした俳優の怨みからワタナベは刺されてしまいます。障子の向こうで帰国の挨拶をするマンチュンに、瀕死の重傷を隠して鷹揚な態度を貫くワタナベ。
 マンチュンが去った後、「ゴミみたいな人生だったから、映画の中で英雄になりたかった」と。

 ここで、先に語られたワタナベの人生の様々なエピソードがリアルな重みを持ったものとして蘇ってきます。ずっとワタナベの人生を見せられていたことに、突然気がつくのです。父の記憶も、高校生のあの日の出来事も、美しくない愛人・朝子の存在も、自分との縁を切った母への想いも、すべてワタナベの人生の一部。
 ここにいたって、感動しました。こんなに重いものを内包した芝居だったとは。それを感じさせない脚本と演技がすごい。

 さらに、映画監督の演劇作品らしく、ラストに映像が流れます。白黒映画の一場面。港近くの鄙びた道で出会う、自転車の高校生と車に乗ったヤクザの親分。短い会話の後、高校生は自転車に乗って、その場を去っていきます。荷台には母親のお使いとおぼしき風呂敷包み。
 「あの日、あの時、あの車に乗らなければ。」 ワタナベの人生の分岐点を映画フィルムで巻き戻してやり直したような、そんなラストでした。この映像の存在と意味は、理屈で説明しきれない部分もありそうですが、それだけに心の中の大きな余韻となりました。ワタナベが望んだ、映画で実現したかった自分。それは英雄なのか、平凡な小市民なのか。

 企画段階では、この作品、『映画の誕生』というタイトルだったそうです。人は映画に何を求めるのか。ラストの映像がマンチュンにとっての「映画の誕生」だったのか。その後のマンチュンはどうなったのか。そもそも、大金が必要だという母の訴えゆえに下関へ来たマンチュンは、車に乗った高校生ワタナベと同じだったわけで……。
 じっくり台本を読んでみたい。全部分かったところで、もう一度舞台を見たい。

 映画監督がホンを書いて演出した演劇作品。「監督、舞台に来る」という企画の大きな成果だと思います。大学路の演劇ファンにオススメ。忠武路の映画ファンにもオススメです。

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コメント

さややんさん

 仰る通り、私もあとからじわじわ来ました。妙に心に残る芝居です。

 別キャストでご覧になったんですね。キャスト違うとどんな感じかな~と気になってました。朝子ちゃん、可愛かったですか。o(*^▽^*)o
 ワタナベさんと朝子ちゃんと執事さんと、何だか楽しそうですよね、下関。

 そうそう、「下関」が「시모노 새끼」だなんて、この芝居見るまで気づきませんでした。(^-^;

投稿: なな/加藤敦子 | 2010.07.21 18:36

昨夜観てきました!ななさんがご覧になったときとは違うキャストでしたが、なかなかよかったです。予習させていただいたおかげでよくわかり、最後の映像ではぐっと来ちゃいました。プリントアウトして持参しました!どうもありがとうございました。奥行きがあるお芝居で、あとからじわじわきますね。朝子ちゃん、可愛かったです(笑)全体的に日本語と韓国語のミックスも絶妙でした。

投稿: さややん@ソウル | 2010.07.18 07:25

さややんさん

 おぉ、ぜひぜひ。

 ご覧になっていただけると、だらだら内容書き連ねた甲斐もあったと思えて、嬉しいです。

 ご感想、楽しみにしてます。(^^)/

投稿: なな/加藤敦子 | 2010.07.16 14:33

阿青さん

 キ・ジュボンですか。なるほど~。
 そう考えると、いろんな「ワタナベ」さんが見られる作品かも。

 チャン・ハンジュン演出の初演を見てみたかったです。

投稿: なな/加藤敦子 | 2010.07.16 14:30

土曜日の夜に観てきます!
楽しみです!!!

投稿: さややん | 2010.07.15 23:00

ああ、観たい。
贅沢を言わせてもらえばキ・ジュボンの「ワタナベ」さんで観たいです!!

投稿: 阿青 | 2010.07.13 23:32

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